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やちまた放課後クラブぶらんこの誕生と経緯

1.お母さんのつぶやきとアンケート

​ 言語障害児親の会の例会の中で、特別支援学級に入学した子どものお母さんから、

「下校が早い為帰宅してからの時間が長いが、外には一人で出せない。家の中だとテレビやゲームで

 一人の世界になる。そうかといって、いつも親子で外物に連れ歩くのもどうなんだろう?」

と悩みが出されました。

 すると、同じ思いのお母さんたちが「うちも…」「うちもよ」と、声を合わせたように話し始めたのです。

そのとき、少し年上のお子さんを持つ会員さんから、親の仕事の有無に関係なく利用できる

学童保育のような活動の場がある事が話されました。

例会では、本格的に学童保育所づくり運動の為の討議が重ねられました。「アンケートをしてみよう」

ということになり、みんなで調査項目について話し合いました。質問の主な項目は次のようなものです。

 ①お子さんは、放課後を誰と、どのようにして過ごしていますか?

​ ②お子さんの事で何か悩み事はありますか?

 ③障害のあるお子さんと主に関わっている方はどなたですか?

 ④今困っている事はありますか?

 ⑤学童保育のような場所は必要ですか?

 ⑥学童保育が出来たら利用しますか?

市内の小・中特別支援学級と、近隣の特別支援学校の小・中学部の保護者を対象に実施したところ、

回収されたアンケートにはお母さんたちからの切実な思いが書かれていました。

質問に対する答えは主に以下のようなものでした。

 ①家の中でテレビやビデオ、ゲーム。親との買い物やドライブ、兄弟姉妹と遊ぶ。

 ②こだわりについて。近所の人におかしな子と言われる。外に出ると他人の視線が痛い。

 ③圧倒的に母親が多い。祖父母のこともある。

 ④体調が思わしくなくても病院に行けない。兄弟姉妹の学校行事に参加できない。

  働きたいが働けない。本をゆっくり読みたい。リフレッシュしたい。

 ⑤全員が「必要」と回答

 ⑥99%の方が「利用したい」と回答

2.市長との懇談

​ 集計結果は予想以上のもので、はてさてどうしたものかと頭を突き合わせている所に

女性議員さんが「どうしたの?」と声を掛けてくださいました。アンケートの集計結果をお見せしたところ

すぐさま「市長と懇談しましょう」と予約を取ってくださり、建設の場所の候補まで見つけて交渉してくださいました。

 市長との懇談の日、会長(ぶらんこ理事長)をはじめ総勢15人のお母さん方は、緊張しながら市長室へ入りました。アンケート結果を提示し、市内の学童クラブを利用するには、母親が働いている事、市内の小学校に在学している事、小学校3年生までと言う条件があるという事、保護者が働いていても特別支援学校に在学していては学童クラブに入れない事を話しました。

 懇談が進み、市長からは「毎日スクールバスの乗り降りを見ているけど、大変だと思うよ」と共感の声。

そして「ところで誰がやるんだ」の質問に一瞬沈黙、視線は会長に集中し、会長は決意するように

「はい、私がやります」と返事。すると市長から「関係の課に回すから、そちらで内容を詰めるように」との言葉。すぐに関係課から声がかかり「建坪23坪で建物の平面図を持ってくるように」というのです。

​「えっ!素人の私たちに…」とは思いつつ、必要な条件を出し合う作業を夢中で開始し、会長の友人の設計士さんに話し合った条件を話すと、快く図面を書いてくださいました。

3.着工と開所式

​ 2001年秋、「補正予算に組み込まれ、来年4月開所予定」の旨、千葉日報の記者さんから一報が入りました。

その後、取材を受ける中で「任意団体の為に自治体が建物を建設することは極めて異例の事。

親の会の思いの強さが市長の心を動かしたのではないか」と言われました。

 年明けに着工され、日々完成に近づくのを見て期待に胸が膨らみました。鍵を渡され、役員のお母さんたちと室内に入り見渡した時、何とも言えない万感の思いがありました。何もない部屋はとてもまったりした感じがあり

「ぶらんこにでも乗っているような感じ」とつぶやきが漏れ…。「名前は『ぶらんこ』にしよう」となりました。

​ 4月初め、市長をはじめ、応援してくださった方や賛同してくださった方々に声を掛けて、ささやかなぶらんこ開所式を執り行いました。

4.研修と支援開始

​ 支援は5月の連休明けからとし、佐倉市で先進的な活動をしている「赤とんぼ」で指導員さんと

会長の2名が2週間の研修(体験)をしました。

 日々の支援はUさん(60歳・主婦)と会長(53歳)、運転手をしている74歳のMさん(学校へお迎え)

と介護の専門学生で会長の息子Sさん(帰りの送り)が当時のスタッフであり、UさんMさんの時給は

​300円で、会長の息子Sさんは無償ボランティアでした。

5.まわりからの支えと保護者の協力

​ 児童は5人、1日の利用人数は3人でスタートし、利用料は1時間600円×2.5時間×利用日数ですから、赤字続きでした。ないないずくめのスタートでしたが、多くの賛同者から、今は使わないからと道具や電気製品が運び込まれました。はじめは掃除機がなく、ガラス戸を開け放す夏はすぐに土ぼこりが溜まってしまうので、寄付金が届いた時一番に掃除機を購入しました。

 また、送迎車も必需品です。ふと通り過ぎた中古車店に18万円のステッカーがついた車を発見。

​お店に飛び込み、話し込み、即決して、車検付き3年ローンで購入。この車は6年間文句も言わずに働いてくれました。そしてこの車屋さんは何かと便宜を図ってくださり、10年来の長いお付き合いです。

 初日のお母さんの感想は「学校のお迎えの時間を考えずに家事ができ、午後の時間が長く感じた」

「今まで読みたかった本が読めました」といったものでした。きょうだいのこと、夫のこと、夫の親との事など

お迎えに見えたとき涙ぐみながら話すお母さんの背中を擦りながら、これまでの大変だったこと、

​苦しかった思いに、一緒に涙した日もありました。

 子ども達は、自分より小さい子と手を繋ぎ、誘導してくれたり迷子にならないようにしてくれたりする

優しい一面があります。手を繋がれた子も自分より上の子どもに関わりを求めていく様子を見て、人と人がどのように手を取り合い、つながっていくのかなど、教えられることの連続、毎日が学習の日々でした。

​賃金が払えなかったことは本当に苦しかったですが、その他は楽しい毎日でした。4年目にNPO法人各を取得してから現在6年が経ち、安定した事業が展開できているのは、利用児童の保護者の力強い協力と、快く支援してくださる地域の方々があってのことと、感謝の日々です。

《参考文献》 持田共子,"みんなでつくったゆったりスペース", 障害のある子どもの放課後活動ハンドブック

      障害のある子どもの放課後保障全国連絡会,株式会社かもがわ出版, 2011,31p~36p.

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